「大切なこと」(読了時間:約5分)
ここぞというとき、ここぞという場での人との出会いや考え方が、どんなに人生を左右し、変えてしまうものか。それがまさに、私の人生に起きたことだった。
十四歳のとき、私はヒッチハイクで故郷のに向かっていた。私は自分の夢みたとおり、気ままな旅をしていた。
私は学習障害児だったため勉強についていけず、学校を中退したあと、世界一高い波を相手にサーフィンをしようと決めた。
途中で訪れた街角でホームレスのような身なりの老人に声をかけられた。
「おまえ、家出してきたのか?」
「違いますよ」
なぜなら私の父は途中まで車で送ってくれて、「若いときは、したいことをとことんやってみろ」と激励してくれたのだから。
ホームレスの男性は「じゃコーヒーをごちそうしてやろう」と言って、私を街角のコーヒーショップに連れて行ってくれた。
二、三分話したあとで、この人なつこい男性は「あとについておいで」と言った。
何かすごいものを見せてくれるらしい。私たちは公立図書館に行った。
正面の階段をあがり、案内所のまえで立ち止まると、男性は笑顔の老婦人に「図書館に入っている間、この子のもち物を預かってもらえないかね」と聞いた。
私は荷物をこの老婦人にあずけ、壮麗な学問の殿堂に入っていった。ホームレスの男性は、まずテーブルに私を連れて行った。
やがて三冊の本を抱えて戻り、テーブルの上においた。
そして私の横に座ると話し始めた。その出だしの一言は私が初めて聞いたことばだったが、私の人生を一変させてしまった。
「おまえに教えておきたいことが二つある。若いの、よく聞けよ。それはな.........」と彼は言った。
「まず第一に、本を表紙で選んじゃだめだってことだ。表紙にはだまされることがあるんだぞ」
そしてこう言った。「
おまえはおれをホームレスだと思っているな。そうだろ?」
「いや、まあ、その、はい、そうだと思います」
「いいか、聞いて驚くなよ。おれは世界でもいちばん金持ちと言われた男だった。金で買える物ならなんでも手に入った」
「だが、一年前、家内が死んだ。それ以来、人生の意味を深く考えるようになった。この人生で、自分がまだ経験してないことがあることに気がついた」
「その一つがこれだ、路上で暮らすことさ。おれはこれをきっかり一年間体験してみようと思った。この一年間、街から街へとホームレス同然に暮らしてきた」
「だから、本をその表紙だけで判断してはいけないんだ。表紙にはだまされることがあるんだぞ」
「第二に、本を読める人間になれ。何があっても奪われることのないものがあるとしたら、それは、人間の英知だ」
そう言うなり彼は私の手をとり、その上に本を載せた。プラトン、アリストテレスなど、古典の名作だった。
老人と私が案内所にもどると、あの老婦人はにっこりとほほ笑んだ。私は荷物を受け取り、通りにもどった。別れぎわに彼は言った。
「おれの言ったことを忘れるな」
忘れていませんとも。あのときの一言があったからこそ、いまの私があるのですから。
ジョン・F・デマルティーニ神父
「こころのチキンスープ3」ダイヤモンド社
(子供用に一部改変)
Sri Harsha GeraによるPixabayからの画像