いい話を、子どもたちに!【いい話を集めたブログ】

いい話をたくさん子どたちに聞かせたいと思い、古今東西からいっぱい集めました。寝る前にスマホで読み聞かせできます。大人の気分転換にもどうぞ。

「鳥のように」(読了時間:約8分)

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障害が大きければ大きいほど、克服する喜びも大きい。

モリエール

 

暗くならなければ、星は見えない。

チャールズ・A・ビアード

  

両手が汗ばんでいた。タオルで拭いてからポールを握りたい。

 

冷たい水を一杯飲んで喉の渇きはおさまったが、熱くうずくような緊張感はとけなかった。人工芝は、この全米ジュニア・オリンピック競技のように熱気を帯びていた。

 

ポールは高さ十七フィートにセットされた。これは彼の自己最高記録より三インチも高い。マイケルは、自分の棒高跳び人生の中でも最大の難関に立ち向かっていた。

 

 

物心ついてからずっと、マイケルは飛ぶことを夢見てきた。子どものころから飛ぶことにまつわる話をたくさん母に読んでもらった。

 

細部までわくわくと熱っぽく語って聞かせる母の話に、マイケルはいつでも色鮮やかで美しい夢を見るようになった。

 

そんな夢の中でも、繰り返し見る夢があった。田舎道を走っている夢だ。足下の石や土くれの感じまでわかる。

 

一方、彼の父は、夢想家ではなかった。まじめに働くことをモットーにし、口ぐせのように言った。「ほしいものがあるなら、働いて手に入れろ」

 

十四歳のときから、マイケルはそれを実践した。入念な訓練プログラムを開始し、一日おきに重量挙げの訓練をし、そのほかの日はランニングに当てた。

 

父親は、コーチ兼トレーナーとして息子のトレーニングを注意深く見守った。マイケルには目標を目指して努力してほしいと思っていた。

 

母は、マイケルにもっとのびのびとした、夢見る少年であってほしいと思った。一度、そんな想いを父親と本人に話そうと思ったことがあるが、父親はすかさずにっこり笑うと言った。

 

「ほしいものがあるなら、働いて手に入れろ!」

 

マイケルの棒高跳びはすべて、その努力の成果といえるだろう。

 

だが、彼が自己最高記録の十七フィートのバーをクリアしても驚いているのか喜んでいるのか、その表情からはまったくわからなかった。

 

観衆が喝采するなり、彼はただちにつぎの高さに挑む準備を始めるのだ。

 

たったいま、自己最高記録を更新したことにも、自分がこのジュニア・オリンピックの棒高跳びで決勝に残ったということにも無頓着のようだ。

 

十七フィート二インチのバーをクリアしたときも、十七フィート四インチをクリアしたときも、表情は変わらなかった。

 

彼の頭にあるのは、いつもどおりの準備と決断だった。

 

芝に寝転がっていると、観衆がうなるのが聞こえた。競争相手が最後のジャンプに失敗したのだ。

 

いよいよ自分が最後のジャンプをする番だ。

 

競争相手の方がミスが少なかったので、このバーをクリアすることが優勝の条件だ。ミスすれば二位になる。

 

二位だって立派なものだが、自分が優勝できないなどという考えは我慢ならなかった。

 

彼はごろりと腹ばいになると、おまじないがわりに腕立て伏せを三回やった。

 

自分のポールを見つけ、立ちあがると、助走路に踏み出した。十七年間の全人生の中で、最大の挑戦であった。

 

彼はこの場の張り詰めた雰囲気に、不安でたまらなくなった。

 

身体全体を振って緊張をほぐそうとしたが、かえって身体が固くなる。

 

どうして今回はうまくいかないのだろう。あせって不安になってきた。さあ、どうしよう? いままでこんな気持ちになったことはない。

 

すると、急に心の深いところで、母親のイメージが浮かんだ。

 

なぜこんなときに? そうだ! 緊張したり、不安になったら、深呼吸しなさいと、母がむかしから教えてくれたからだ。

 

彼は深呼吸した。両脚の緊張を振りほぐしながら、両腕と上半身を伸ばし始めた。

 

背中を冷たい汗がしたたり落ちるのがわかった。

 

慎重にポールを取った。胸がドキドキしている。見守る観客の胸もドキドキしているだろう。

 

競技場はシーンと静まり返っている。と、遠く、どこかでコマドリのさえずりが聞こえた。飛ぶのはいまだ!

 

助走路を走り出したとき、何かがいままでと違って素晴らしい。懐かしい感じがする。むかしよく夢に見た田舎道のようだ。

 

金色の麦畑のイメージが頭の中に広がる。彼は深呼吸した。

 

いまだ!

 

飛んだ。子どものころ見た夢のとおりに。違いは、これが夢ではないということだった。まぎれもない現実だ。

 

あたりの空気はいままで感じたこともないほど、澄みきって新鮮だった。マイケルは威風堂々と鷹のように舞った。

 

スタンドの観衆のどよめきのせいか、着地の音のせいか、マイケルは現実にかえった。

 

仰向けになって暖かな日ざしを顔に受けながら、母の笑顔を思い浮かべていた。

 

父もほほ笑んでいるだろうと思った。だが、彼は知らなかったが、父は妻を抱きしめて泣いていたのだった。

 

こんなに泣いた夫を、母はいままで見たことがなかった。だが、この涙が人生でも最高の涙、誇りの涙であることが、彼女にはわかっていた。

 

マイケルはあっという間に、人々にもみくちゃにされ、抱きしめられて、人生最大の偉業に対して祝福された。

 

その日、マイケルは十七フィート六インチ半を飛んだ。これは全米、および国際ジュニア・オリンピックの新記録だった。

 

マスコミの注目やスポーツ業界の関心、どっと寄せられる心からの祝福に囲まれて、マイケルの人生はガラリと変わってしまった。

 

それは彼が全米ジュニア・オリンピックに優勝して、新記録を出したからだけではない。自己ベストを九インチ半更新したからでもない。

 

それはひとえに、マイケルは目が見えなかったからであった。

 

デヴィッド・ナスター

「こころのチキンスープ3」ダイヤモンド社

(子供用に一部改変)

JillWellingtonによるPixabayからの画像