ちょっといい話~大人用~「メリーゴーランド」(読了時間:約3分)
『結婚を控えた娘に』
いよいよ来月、結婚するんやね。
おめでとう。
ジューン・ブライドに憧れていたはずやのに、きみは結局、
お母さんの旅立った8月を、式の日に選びました。
あなたの母親であり、私の妻であった、我々の最愛の女性は、
ある、小さな記事として新聞にも掲載された交通事故により、きみがまだ6歳の時に亡くなりました。
突然すぎて、悲しみ抜いて、途方に暮れて、精神的に参ってしまった私は、死のうとしたんです。
バカなことに、きみを連れてお母さんを追いかけようとした。
その日、最後の思い出にと、家族でよく出かけた遊園地に2人で行きました。
君は嬉しそうに、はしゃぎ回った。
いつも家族で乗ったメリーゴーランドにひとりで乗るきみを、私は精いっぱいの笑顔を作って、
だけど力なく手を振って、きみが「お父さーん」と呼ぶ声に必死で答えていました。
とにかくきみは楽しそうで、これが最後の遊園地になることも知らずに、
いや、今日が最後の日であることも知らずに、
元気いっぱいに走っては、乗り物をハシゴしてた。
きみが楽しげであればあるほど心は痛んで、でも、
心が痛めば傷むほど、必死で笑顔を作るようにしました。
やがて急流すべりを乗り終わって、こちらに駆けつけてきたきみは、
満足げな表情で見上げつつ、私と手をつないで、ニコニコしながらこう言いました。
「もういいよ、お父さん。もう、お母さんのところに行こ」
きみは気づいていたんやね。
きみを抱いたまま、ムリヤリ、父親の私がこの世を去ろうとしていたことを、
なぜか知っていたんやね。
この言葉で、私はハッと目が覚めました。
私はこんなことを言った。
「あほ、ミサト!お母さんに怒られるぞ!」
「いつか、お母さんがゴハン作って待ってるのに、迎えに来てくれたオマエと駅前の焼鳥屋に寄り道した時みたいに、『そんな勝手なことするんやったら、二人で出て行きなさい!』って、お母さんスネるぞ!スネたらひつこいぞ~!」
こう言うときみは…、お葬式の日以来、お母さんのことでは全く泣かなかったミサトは、セキを切ったように大きな声で泣きだしたね。
24年前のあの日のことを、きみは憶えていないと言います。
でも、きみに子供が、そう、私とお母さんにとっての孫ができて成長したら、あの遊園地にみんなで行こう。
お母さんの分も入場券をちゃんと買って、みんなでメリーゴーランドに乗ろう。
そしてみんなで、思いっきり笑おな。
ミサト、本当におめでとう。
(滋賀県・60代男性)
・・・・・・・・・・・・・・
『なみだのラブレター』橋本昌人著 ヨシモトブックス
池田龍三氏「ちょっといい話」より