「きみもやってごらん」(読了時間:約5分)
空港に友人を出迎えに行ったときのことだ。
人はよく「人生観が180度変わるような体験」をしたというが、ぼくの場合、これがそれだったと思う。
友人をロビーで待っていると、一人の男が小さなカバンを両手に、こっちへ歩いてきた。男はぼくのとなりまで来て、出迎えの家族のまえで立ち止まった。
男はまずカバンを下におろして、6歳くらいの次男に両手を差し出した。
親子は愛情たっぷりに抱き合った。抱擁したまま、たがいに目と目を見交わせるくらいに体を離すと、父親は言った。
「ああ、よく来たなあ。ずっとさびしかったよ!」
息子はそれを聞いてはずかしそうに笑った。
つぎに父親は、10歳くらいの長男の目を見つめた。
そして彼の頬を手で包むようにして自分のほうに向けさせると「おまえももう、すっかりお兄ちゃんだなあ。パパはおまえを愛してるぞ」そう言って、二人はいかにも優しく抱きしめあった。
この間に、1歳くらいの女の子は、興奮したのか、むずかるように母親の腕のなかで動いている。でも、目だけはいっときも父親からそらさない。
「ハーイ、ベビーちゃん!」
親は母親の手から女の子を抱き取ると、顔中にキスの雨をふらせた。そうして胸に抱いてやさしく左右に揺らした。
女の子はたちまち安心して彼の肩に頭をのせた。見るからに満足したという顔だ。
そうやって数秒間たつと、父親は娘を長男の手にゆだねた。
「さあ、いちばん大事な人は最後だ!」
そう言って彼は妻を抱きしめ、こんなキスは見たことがないと思うほど情熱的なキスをした。
それからまた数秒間、妻の目を見つめると、声に出さずに「心から愛してるよ」と口元を動かした。その間じゅうも手を握りあって笑みを浮かべている。
まるで新婚カップルのようだ。でも、子どもたちの年恰からすると、そんなはずはない。
じゃあ、何だろうと考えているうち、ふと、この豊かであけっぴろげな家族にすっかり引き込まれていたことに気づいた。
とたんに、きまりわるくなった。いけない、ぼくは神聖な家族の輪のなかに踏み込んでいるんだ。
しかし、思わず質問が口をついて出てしまった。
「お、お二人は結婚して何年になるんですか?」
男は美しい妻の顔を見つめたまま、答えた。「いっしょに暮らして一四年かな、結婚してからは一二年」
「じゃあ、長い間、留守にしておられたんですね?」
男はやっとふりむいてぼくの顔を見ると、あいかわらず笑顔のままで答えた。
「まる二日間!」
二日間!!ぼくは仰天した。あの喜びように、数か月とはいわぬまでも、数週間は家をあけていたものと思っていた。
ぼくは思わず口走った。「ぼくの結婚も一二年後にそんなに情熱的だといいけどなあ!」
とたんに男は真顔になり、ぼくの目を見据えた。そして、ぼくの心に火をつけるような力強い口調でこう言った。「さあ、きみもやってごらん」
彼はじつに晴れやかな笑顔にもどると、ぼくと握手して「祈ってるよ」。そう言って、彼は家族といっしょに去っていった。
いままで出会った誰とも違う、特別な人。ぼくの人生をガラリと変えた人。彼とその特別な家族が見えなくなるまで見送っていると、友人がそばによって来た。
「何を見てるんだい?」
なぜか自信がわいてきて、ぼくは迷わず答えた。
「ぼくの将来さ」
『こころのチキンスープ12』ダイヤモンド社
(子供用に一部改変)
Michael GaidaによるPixabayからの画像