「母ネコの愛」(読了時間:約8分)
私は消防士として働いているが、この仕事をしていると落ち込むこともある。
誰かの家や職場が焼け落ちるのを見るのはつらいことだし、恐ろしい場面に出くわすことも多い。ときには、死の場面にすら直面しなくてはならなかった。
しかし、私が母ネコのスカーレットを見つけた日は違った。それは、愛と生命の日だった。
あの朝、警報が鳴って、私たちは消防署から出動した。
現場に到着すると、ネコの鳴き声が聞こえた。あとで探しに行ってやるにしても、今は火を消すのが先決だった。
建物の中にいた人たちは全員無事に避難したというが、それが事実であることを祈るばかりだった。あらゆるところから炎が立ち上り、とても人を救い出せるような状況ではなかったから。
必死の消火活動の末、ようやく火の勢いは弱まってきた。
ネコの鳴き声はまだ聞こえてくる。いよいよ助けに行けるぞ。依然として、建物からはおびただしい煙が吹き出し、ものすごい熱気を放っていた。
ほとんど手探り状態で、私は鳴き声のするほうへ歩いていった。すると、家事の現場から少し離れた歩道の片隅に、三匹の怯えた子ネコが鳴きながら身を寄せ合っていた。
そして、歩道の近くにもう一匹が、歩道を渡ったところにさらにもう一匹が見つかった。建物の中にいたらしく、毛がひどく焦げている。
大きな声で段ボール箱はないかと叫ぶと、群衆の中から誰かがひとつ手渡してくれた。私は五匹の子ネコをその箱に入れて、近くの家の玄関先にとりあえず置いた。
今度は母ネコを探す番だった。
母ネコは燃えさかる建物から、子ネコを一匹ずつくわえて外に連れ出したに違いない。
子ネコを助けるためにあの炎と煙の中に五回も飛び込んで!そして、歩道から通りの向こうまで運んだのだ。いったいどこにいるのだろう?
ネコが空き地のほうへ歩いていくのを見かけたと、警官のひとりが教えてくれた。
その空き地に向かうと、母ネコが横たわって弱々しく鳴いていた。ひどいやけどを負っている。
閉じた目は腫れ上がり、手足は煤で黒く汚れ、体中の毛が焦げていた。ところどころ赤い皮膚がむき出しになっている。
私は野良の母ネコにゆっくりと近づき、穏やかに話しかけた。抱き上げると、彼女は苦痛のうめき声をもらした。が、抵抗はしなかった。
哀れなネコは、毛と肉が焦げた臭いがした。彼女は、私の腕の中でぐったりと力を抜いた。
私に信頼を寄せてくれたのを感じると、喉元に熱いものがこみ上げ、涙が湧いてきた。何としても、この勇敢な母ネコとその家族を救ってやらなくては!
彼らの命は、文字通り、私の手中にあったのである。私は母ネコを、ニャアニャア鳴いている子ネコたちと一緒に段ボール箱に入れた。
目がつぶれ、これほど衰弱しているにもかかわらず、母ネコは段ボール箱の中を回って、つぎつぎと子ネコに鼻と鼻で触れ、全員が揃っているかどうかを確かめた。
子ネコが全員無事なことがわかると、母ネコは、ひどい苦痛にあえぎながらもほっとしたようだった。
ネコたちは、明らかに緊急の医療処置を必要としていた。私は以前、やけどを負った犬を連れて行ったことがある、特別動物シェルターに電話した。
重症のやけどを負った母ネコと子ネコを連れていくことを知らせ、消防服姿のまま自分のトラックに飛び乗った。
特別動物シェルターでは、獣医とアシスタントのチームが二手に分かれて待機していた。彼らはネコたちをすみやかに処置室に運び、ひとつのチームは母ネコの、もうひとつのチームは子ネコたちの診察にあたった。
消火作業で疲れ切っていたにもかかわらず、私は治療の一部始終を見守らずにはいられなかった。助かる見込みはほとんどないかもしれないと思いつつも、あきらめる気にはなれなかった。
今夜ひと晩様子を見てみなくてはわからないと言われ、翌日も特別動物シェルターでひたすら待ち続けた。なんとか子ネコたちは助かった。しかし、母ネコについては、まだ判断を下せる段階ではないということだった。
私は毎日見舞いに行ったが、いっこうに進展はなかった。火事からちょうど一週間たった日、特別動物シェルターに向かう私の心は沈んでいた。やはり、助からないのだろうか。
ところが、玄関を入った私を獣医がにこにこ顔で迎えてくれた。親指を立ててOKの合図をしている!母ネコは、ただ命が助かるというだけではなく、目まで見えるようになるというのだ。
母ネコが生き延びられるとなると、名前が必要になった。アシスタントのひとりが、彼女の赤むけの皮膚にちなんで「スカーレット(訳注:深紅の意味)」と名付けた。
私は、スカーレットが子ネコたちと再会するのを見て胸が熱くなった。彼女が子ネコたちのために命がけで働いたことを知っていたから。
母ネコが最初にやったことは?もう一度子ネコたちの頭数を確認することだった!彼女は鼻と鼻をつけて、全員が無事で元気かを確かめた。
スカーレットは、5匹の子ネコを助けるために、五度までも火の中に飛び込んだのだ。そして、その行為は報われた。子ネコたちは全員生き延びたのだ。
消防士として、私は毎日のように勇敢な行いを見ている。だが、スカーレットがあの日示してくれたのはその極みとも言えるものだった。
母の愛ゆえの、自分の命をも顧みない勇敢な行為だったのである。
『こころのチキンスープ11』ダイヤモンド社
(子供用に一部改変)
Ilona IlyésによるPixabayからの画像