いい話を、子どもたちに!【いい話を集めたブログ】

いい話をたくさん子どたちに聞かせたいと思い、古今東西からいっぱい集めました。寝る前にスマホで読み聞かせできます。大人の気分転換にもどうぞ。

「ぼくも行かないさ」(読了時間:約8分)

f:id:kkttiiss1036:20190616143633j:plain

 1957年、わたしは十三歳で、貧しい黒人少年だった。母は病院で夜勤、父は石炭トラックを運転していた。もちろん、アメリカン・ドリームとはほど遠い生活だった。

 

それでも、ワシントンへの卒業旅行の話を聞いたとき、自分は行かれないとは考えなかった。首都ワシントンだけでなく、有名な遊園地にも行くことになっていた。そこは当時のわたしにとって、ディズニーランドくらい魅力的な場所だった。

 

旅行のお知らせの紙を持って、わたしはわくわくしながら家に走って帰った。だが、費用を見た母は、黙って首を振った。そんなお金の余裕はないのだ。

 

わたしは、自分でお金を稼ごうと決心した。それから八週間、一軒一軒キャンディを売ってまわり、新聞を配達し、芝刈りをした。

 

申し込み締め切りの三日前になって、やっとぎりぎりのお金が貯まった。旅行に行けるのだ!

 

旅行当日、興奮で震える思いで列車に乗った。そのグループでは、黒人はわたしひとりだった。

 

ホテルでのルームメートはフランクというビジネスマンの息子だった。わたしたちは水を入れた風船を窓から通行人の頭上に落として遊び、たちまち親友になった。

 

 翌朝、付き添いの先生がぼくを呼んだ。「クリフトン、お話があるの。ちょっと来てちょうだい」

 

同じテーブルにいた仲間、とくにフランクは青ざめた。前の夜、水入り風船がプードルを連れた太ったおばさんを直撃した話をして笑い転げていたのだ。

 

だが、幸い誰もケガはしなかった。見つからなくてよかったと言い合っていたとき、わたしが呼ばれたのだ。

 

「クリフトン」と先生は言った。それから先生は、なぜかアメリカの奴隷制度があったころの話し始めた。

 

ひとつの危機を脱したと思ったわたしは、別の嵐を予感した。先生の目がうるんで、手が震えているのに気づいた。どうして、先生はこんなに不安そうなのだろう。

 

「私たちが行く遊園地は昔、奴隷制度があったところなの」。先生はとうとう言った。

 

「その遊園地の経営者は、黒人の入場を許可していないんです」。そう言って、先生は黙ってわたしを見つめた。

 

わたしは、やっと理解した。「それじゃ、ぼくは遊園地に行けないってことですか?」わたしは口ごもりながら尋ねた。

 

「ぼくが黒人だから?」先生はのろのろとうなずいた。

 

「ほんとうに気の毒だと思うわ、クリフトン」。先生はわたしの手を取った。

 

「あなたは今夜、ホテルに残らないといけないの。一緒にテレビで映画を見ましょうか?」

 

わたしは信じられない思いと怒りと深い悲しみで、ぼんやりとエレベーターに乗った。

 

部屋に戻ると、「どうしたんだい、クリフトン?」とフランクに聞かれた。「あの太っちょのおばさんが告げ口をしたのか?」

 

わたしは返事をせず、ベッドに身を投げて泣き出した。フランクはびっくりして黙った。十三歳にもなったら、少なくとも人前では泣かないものだ。

 

クラスの仲間と遊園地へ行けない、それだけで泣いているのではなかった。生まれて初めて、「黒人」であることがどんなものか思い知らされたのだった。

 

もちろん、わたしが住む町にも人種差別はあるが、肌の色のせいでコーヒーショップや教会、それに遊園地に入れなかったことはなかった。

 

「クリフトン」。フランクが低い声で尋ねた。「いったい、何があった?」

 

「今夜、一緒に遊園地に行けなくなった」。わたしは泣きじゃくった。

 

「あの水入り風船のせいか?」

 

「違う。ぼくが黒人だからだ」

 

「そうか、助かったな!」フランクは言って笑った。いたずらが見つかったのではないと知って、ほっとしたのだろう。「もっと大変なことかと思ったよ」

 

わたしは涙を拭いて、フランクをにらんだ。

 

「大変なことだよ。黒人は遊園地に入っちゃいけないって言うんだ。ぼくは一緒に行けないんだぞ!」

 

馬鹿みたいににやにやしているフランクの顔に一発お見舞いしてやろうかと思ったとき、フランクが言った。

 

「そんなら、ぼくも行かないさ」

 

一瞬、ふたりとも動きをとめた。それから、フランクがにやりとした。あの瞬間を、わたしは決して忘れないだろう。

 

フランクだって、遊園地へ行くのを楽しみにしていたに違いない。だが、それよりももっと大事なことがあるのを知っていたのだと思う。

 

気づいたときには部屋に友だちがつめかけ、フランクの言葉を聞いていた。「遊園地には黒人は入れないって言うんだ」と彼は言っていた。

 

「だから、ぼくはクリフトンと一緒に残るよ」

 

「ぼくも残る」。二人めの少年が言った。「ふざけたやつだ」。三番めが言った。「ぼくも残るぞ、クリフトン」。

 

わたしは胸がドキドキしていた。もう、ひとりぼっちじゃなかった。小さな革命が生まれていた。こうして一人の少年は「水入り風船軍団」を結成し、「ぼくらは行かない」と決意した。

 

ベッドの真ん中に座ったわたしはとても嬉しかった。そして、何よりも誇りで胸がいっぱいだった。

 

ホテルにいるわたしたちのところへ、付き添いの先生が封筒をひらひらさせてやって来た。「ねえ、みんな!」先生は叫んだ。

 

プロ野球の試合のチケットを買ってきたわ。行きたい?」

 

わあっと部屋を揺るがすような歓声が上がった。ほんものの球場でプロ野球の試合を見たことがある者は誰もいなかった。

 

 

今でもあのときのことを思い出すと、希望が湧いてくる。あの日、みんなが示してくれた愛情は、どんなときでも憎悪に勝つのだから。

 

クリフトン・デイビス

『こころのチキンスープ9』 ダイヤモンド社

(子供用に一部改変)

Free-PhotosによるPixabayからの画像