「グリッズとキャット」(読了時間:約7分)
ネコは、欲しいものをねだったからといって何の害にもならないという原則に忠実に生きているように見える。
ージョセフ・ウッド・クルス
「フェンスの向こうに、子ネコが入った段ボールがまた捨ててありましたよ」と、いう知らせがあった。
私は心の中でうなった。ここ野生動物リハビリセンターの創設者として、私はやりきれないほどいろいろな仕事を抱えていたから。
それなのに、どういうわけか、いらなくなった子ネコをこの施設の前に捨てていく人が後を絶たない。動物収容所にもっていくには忍びないと思うのだろう。
私たちが子ネコを捕まえて、雌には避妊手術、雄には去勢手術を受けさせ、100人のボランティアを動員して里親を探していることを知っているのだ。
その日の段ボール箱には、四匹の子ネコが入っていた。私たちはそのうちの三匹を捕まえたが、元気のいいのが一匹逃げてしまった。
センターの広大な敷地の中では、こんな小さなネコを探し出すのは無理だ。それに、世話しなければいけない動物はほかにいくらでもいた。私は、その日の仕事に取りかかった。
それから一週間ほどたったある日、私はお気に入りの「お客さま」の世話をしていた。六年前に電車事故でみなしごになってここへ来た、グリッズという名の大きなハイイログマである。
グリッズは地元の人たちに救助され、病院の集中治療室で六日間も生死をさまよった。命は助かったものの、障害が残り、右目が見えなくなった。
回復期に入ると、彼は人間になつきすぎるくらいなついてしまった。また精神的なダメージも大きかったため、自然に帰すのは無理だということになった。
そこで私たちは、彼をずっとこの施設で暮らせるようにしたのである。
ハイイログマは、一般にあまり社交的な動物ではなく、普通は単独行動をとる。
だが、グリッズは人間が好きだった。私も、グリッズと一緒に過ごすのを楽しみにしていたので、定期的に彼を訪ねて世話をしていた。
しかし、二五〇キロもある巨体では、ちょっとしたことが大きな事故につながる危険性があるため、私たちスタッフも十分注意していた。
ある日の午後、私は見回りのため、ハイイログマの柵に近づいた。ちょうど食事どきだった。餌はいつものように、野菜、果物、ドッグフード、魚、鶏肉を混ぜたもの。
グリッズは、前脚に餌の入ったバケツをはさんで食べていた。
ふと見ると、すぐそばの茂みの中に、小さなオレンジ色のものが見え隠れしている。一週間前に行方不明になった子ネコだ。生後六週間くらいで、体重は三〇〇グラムにも満たないだろう。
この子ネコにとって、今やこの瞬間を生き延びられるかどうかの事態だ。
どうしよう?もし私が柵の中に入って捕まえようとすれば、子ネコはパニックになってグリッズのほうへ走り出すだろう。
私は、踏みとどまって様子を見た。子ネコがグリッズの巨体に近づかないことを祈りつつ。
しかし、恐れたとおりになった。小さな子ネコは、巨大なクマに近づき、喉を鳴らして、ニャオと鳴いたのである。私は縮み上がった。この子ネコはクマのデザートになってしまうに違いない。
はたしてグリッズは、子ネコに気づいた。そして、ネコに向かって前脚を上げた。あぁ、不運な子ネコよ......。
ところが、グリッズは前脚を餌のバケツに突っ込むと、鶏肉をひと切れつかんで、お腹を空かせた子ネコに投げてやった。子ネコは鶏肉に飛びつき、急いで草むらにもって行って食べた。
私は安堵のため息をついた。何て運のいい子ネコだろう!
ここにいる一六頭のクマの中でも、たまたま親切な一頭に近づいたのだから。しかも、ネコに昼食を分けてやるクマなんて、100万頭に一頭いるかどうかだ。
数週間後、私はふたたびグリッズが子ネコと一緒に餌を食べているところを見かけた。
子ネコは、クマに体をすり寄せ喉を鳴らした。するとグリッズは、近寄っていって子ネコの首筋を口でくわえた。
それから、クマとネコのあいだには友情が花開いたのである。私たちは子ネコをキャットと呼ぶようになった。
最近では、キャットはいつもグリッツと一緒に食事をしている。子ネコはクマにすり寄り、彼の鼻を叩き、彼を待ち伏せし、彼と一緒に寝ている。
グリッズはいつもはおとなしいが、そうは言ってもクマはクマである。あるとき、子ネコを踏んづけてしまったことがあった。だがそれに気がついたときの、グリッズのあわてようと言ったらなかった。
一方キャットは、首筋をくわえるつもりのグリッズに頭ごとパクリとやられることがあっても、まったく平然としている。
体の大きさも動物の種類も違うのに、グリッズとキャットの友情はとても純粋で誠実だ。
どちらも、この世でけっして幸福とは言えない出発をしたけれど、今ではそれを乗り越え、友を得たことによってじつに幸せそうに暮らしている。
『こころのチキンスープ11』ダイヤモンド社
(子供用に一部改変)
Joaquin AranoaによるPixabayからの画像