いい話を、子どもたちに!【いい話を集めたブログ】

いい話をたくさん子どたちに聞かせたいと思い、古今東西からいっぱい集めました。寝る前にスマホで読み聞かせできます。大人の気分転換にもどうぞ。

「虎のひげ」(読了時間:約8分)

f:id:kkttiiss1036:20190612164813j:plain

ある日、ユンという名の若い女性が、山の庵に住む賢者を訪ねました。

 

その賢者は誉れ高く、お守りと秘薬を作ることでも知られていました。ユンが中に入ると、賢者は言いました。「何かご用かな?」

 

ユンは答えました。「ああ、名高い賢者様。私は困り果てています!どうぞ、私に薬を作ってください」

 

「ふむ、ふむ、薬を作ってくださいか!誰もかもが薬を求めてやってくる!薬さえあれば、この病んだ世の中がよくなるとでも?」

 

「賢者様」とユンは言いました。「もしあなた様がお助けくださらないなら、私はほんとうに途方にくれてしまいます!」

 

「よろしい、いったいどうしたというのじゃ?」賢者は、ついに観念したように尋ねました。「夫のことなんですが」とユンは話し始めました。

 

「私にとっては、とても大切な人です。ところが、三年間戦争に行って帰ってきてから、誰ともろくに口をきかなくなってしまったのです」

 

「私が話しかけても上の空ですし、たまに何かを言うことがあっても乱暴そのもの。気に入らない食べ物でも出そうものなら、わきに押しのけ、ぷいと部屋を出ていってしまいます」

 

「ときには田んぼを耕すのをなまけて、丘のてっぺんに座りぼんやりと海を眺めていることもありました」

 

「なるほど、若い男達は戦争から帰ってくると、よくそんなふうになるものじゃ」と賢者が言いました。

 

「賢者様。私は、夫をもう一度、優しく穏やかな人に戻してくれるような薬が欲しいのです」

 

「ほう、それは簡単じゃのぉ。よろしい、三日後にまた来なさい。そのとき、薬を作るのに何が必要になるか教えよう」

 

三日後に、ユンは山の庵をふたたび訪れました。

 

「調べておいたぞ。薬を作ってあげよう。ただし、生きた虎のひげがなくてはならない。ひげを取ってきなさい、そうすれば、お望みのものを作ってあげよう」

 

「生きた虎のひげですって?」とユンは声をあげました。「どうやって手に入れたらいいのでしょう?」

 

「本当に薬が欲しいのなら、必ず手に入るはずじゃ」と言うと、賢者はそっぽを向いてしまいました。もうこれ以上話したくなさそうでした。

 

ユンは家に戻り、どうしたら虎のひげを手に入れられるかじっくり考えました。

 

そしてある夜、夫が寝てしまってから、肉汁をかけたご飯の茶碗をもってそっと家を出、山中の虎が住んでいると言われているあたりに行きました。

 

虎の洞窟から遠く離れたところに立って、彼女は餌を差し出し、「食べにおいで」と誘いかけました。でも、虎はやってきませんでした。

 

つぎの日も夜になると、ユンは山に出かけていき、前日よりほんのわずか近寄った場所から、虎に餌の入れ物を差し出しました。

 

ユンは、それから毎晩山に入り、そのたびに、ちょっとずつ虎に近寄りました。少しずつ、虎は彼女の姿に慣れていきました。

 

ある晩、ユンは石を投げれば届くほどの距離まで、虎の洞窟に近寄りました。すると、虎も数歩出てきて立ち止まりました。月明かりのもとで、彼女と虎は互いに見つめ合いました。

 

つぎの晩も、同じでした。ユンと虎はいっそう近寄り、彼女はやさしく、なだめるような声で虎に話しかけたのです。

 

そのつぎの晩、虎はユンの目をじっとのぞき込むと、差し出された餌を食べました。それからというもの、ユンが山に入ると、虎は道で彼女を待ち受けているのでした。ユンは、その手で虎の頭をそっと撫でることができました。

 

こうして、最初の晩から六か月近くが経ちました。ついにある夜、ユンは虎の頭を撫でて言いました。

 

「ねえ、虎さん、優しい虎さん。どうしてもあなたのひげが一本欲しいの。どうか怒らないでね」。そして、虎のひげを一本抜きとりました。

 

でも、虎は怒りませんでした。ユンは虎のひげを手に握りしめ、山道をころがるように下りていきました。

 

翌朝、海の向こうに日が昇り始めると、ユンはさっそく賢者を山の庵に訪ねました。

 

「ああ、名高い賢者様」と彼女は叫びました。「私はついにやりました!虎のひげを手に入れました!約束どおり、薬を作ってもらえますね!」

 

賢者はそのひげを手に取って眺めました。それが本物であることを確かめると、満足げな表情を浮かべ、火で燃やしてしまいました。

 

「まあ、賢者様!」と彼女は怒りの声をあげました。「いったい何をなさるのです?」

 

「どうやってこれを手に入れたのか話してもらえるかね?」と賢者は尋ねました。

 

「ええ、私は餌を入れた茶碗をもって毎晩山に行きました。最初は、遠くに立っているだけ。それからほんの少しずつ近づいていって、やさしく、なだめるように虎に話しかけ、ただ仲良くなりたいだけだということを知らせようとしました」

 

「私は辛抱しました。食べてもらえないのを承知で、毎夜毎夜餌を運びました。私はあきらめませんでした。決して声を荒げることなく、文句を言ったりもしませんでした」

 

「するとある夜、ついに虎が私にちょっとだけ近寄ってくれ、そのうちに山道で私を待ち、私が差し出す茶碗から餌を食べてくれるようになったのです」

 

「私が頭を撫でると、嬉しそうに喉を鳴らすようになりました。ひげを抜き取らせてもらったのは、それからです」

 

「よろしい、よろしい」と賢者は言いました。「少しずつ、愛情と信頼を勝ち取ったのだな」

 

「それなのに、あなた様はあのひげを燃やしてしまわれました!」ユンは叫びました。「すべてが無駄になりました」

 

「いやいや、そうではない」と賢者は言います。「あのひげは、もう必要なくなったのじゃ。ユン、聞きたいのだが、人間の男は虎よりもたちが悪いだろうか?虎より優しさや思いやりに鈍感だろうか?」

 

「もしお前が、真心と忍耐をもって、血に飢えた野生の動物から愛と信頼を勝ち得ることができたのなら、お前の夫にも同じようにできないわけはなかろう」

 

こう聞くと、ユンは一瞬言葉を失い、立ちすくみました。それから、山道をくだっていきました。賢者から授けられた、まことの教えを胸に刻みつけて。

(子供用に一部改変)

 

ハロルド・クーランダーカーター・ケース寄稿

『こころのチキンスープ8』ダイヤモンド社

David MarkによるPixabayからの画像