いい話を、子どもたちに!【いい話を集めたブログ】

いい話をたくさん子どたちに聞かせたいと思い、古今東西からいっぱい集めました。寝る前にスマホで読み聞かせできます。大人の気分転換にもどうぞ。

「黄金の秋」(親用読み物)読了時間:約7分

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果実が熟したことを知るのは、それが木から落ちるときである。

アンドレ・ジッド

 

私は娘を幼稚園に連れて行ったつもりだった。なのに、大学の寮なんかで何をしているんだろう?

 

これは私が娘のお昼寝用に作ってあげた毛布だったはず......。その毛布をなぜ、見も知らないベッドの上に広げているのかしら?私たちはいったいここで何をしているの?

 

娘はとてもはしゃいでいた。一方私は、胸にのしかかる重苦しさを認めまいとしていた。昨日までの一八年間はどこへ行ってしまったのだろう?

 

これ以上は何もすることがなかった。ベッドメーキングも済み、スーツケースの荷ほどきも終わり、娘はすでにポスターや写真を貼り始めている。

 

もう帰っていいってことかしら?私はさよならのキスをして、「楽しくやりなさい。もちろん勉強を忘れない程度にだけど」と笑顔で言う。

 

部屋を出ると、外は黄金の秋だった。私は車のドアを開け、運転席に滑り込んで泣いた。

 

家路へのドライブは長く孤独だった。家の中に足を踏み入れると、しーんと静まり返っていた。まるで永久に誰も戻って来ないみたい。

 

娘の部屋は、あまりにもむき出しであまりにも静かだった。ああ、何てがらんとしちゃったのかしら。信じられない、カーペットが見えるなんて!ベッドはこざっぱりと整えられ、靴下の片一方さえ見あたらない。

 

窓にはカーテンがまっすぐに掛けられ、クローゼットはほとんど空っぽ。でも......あら?ベッドの下にがらくたがあるわ!

 

行方不明だったカップやらグラスやらも、こんな場所にあったのね。昔のボーイフレンドたちの写真に混じって、ドレッサーの上に並んでいる。

 

部屋の隅っこには、娘のお気に入りだったブラウスが脱ぎ捨てられていた。忘れて行ったのね。私が教えてきたことも、こんなふうに忘れられちゃうのかしら?

 

道の向こうからスクールバスが近づいてくる音がして、とっさに私は胸を躍らせた。まもなく娘が帰宅するのだ。それから、思い出して大きなため息をつく。

 

うちの前ではもうスクールバスは止まらない。バスは角を曲がり、走り去った。私は、家の前の誰もいない道を見つめる。

 

女子高校生はもういない。家が友だちであふれ返ることもない。あちこちにものが散乱することも、洗面所がごちゃごちゃになることもない。

 

どこもかしこも清潔で、整頓され、静かで、退屈だった!

 

今朝、私は母親業をやっていた。それが一八年間の仕事だった。それなのに、こんなふうに失業してしまった今、私はいったい何をしたらいいの?誰の世話をすればいいの?

 

ええ、私はあの子が自立することを望んでいる。そして、私自身も子育て以外の何かをしなくてはいけないことを知っている。

 

でも、この瞬間がやって来たとき、心の一部をもぎ取られたような気持ちになるなんて誰も教えてくれなかった。

 

あの子を膝にのせてあやしていたのも、かわいい巻き毛が陽の光にきらきらと光っていたのも、つい昨日のことじゃなかったかしら?

 

少し大きくなると、膝小僧を擦りむいたり乳歯が抜けるのが人生の一大事になった。すっかり成長して新しい道を歩き始めた今、人生の一大事もだんだん深刻になっていく。失恋したり、夢が破れたりと......。

 

もうその痛みをキスで癒やしてあげることはできないし、バンドエイドやチョコチップ入りのクッキーも効き目はない。わが子を涙や心の痛手から守ってやりたいといくら願ったところで、それはできない相談だ。

 

みんな彼女が一人で学ばなくてはならないのだ。一人で涙を流し、一人で心の痛手に立ち向かわなくてはならないのだ。

 

私は、きちんと準備さえしておけば、この日を平静な気持ちで迎えられるだろうと思っていた。だから新しい仕事を始め、やるべきことを見つけ、スケジュール表をぎっしり予定で埋めた。

 

私はただじっと座って「空の巣シンドローム」にひたっているようなおバカさんじゃない。だって。私は賢く、有能で、自信にあふれた「新しい女」なのだから。それならなぜ、こうして娘の古いお人形を持ったまま泣いているの?

 

すると、ある記憶がよみがえった。

 

昔々ある秋に、ある場所で、私もまた大学生になろうとしていた。数々の夢を胸に抱いて。

 

空気は澄み渡り、明日への希望に光り輝いていた。私に手を振って別れを告げているのは父だった。父はうつむき、体全体に悲しみを漂わせている。ああ、お父さん、今やっとあのときのお父さんの気持ちがわかるわ!

 

人生のひとつの時代が終わり、いつくしんで育ててきた子どもはもう親を必要としない。心にも日々の生活にも、ぽっかりと穴が空いたようになる。

 

いつか私はきっと元気を取り戻し、また新たな夢を追うようになるだろう。ゆったりとしたときを楽しみ、散らかったものを拾わなくていいことを喜び、整然とした洗面所を愛するようになるだろう。

 

でも今は、この黄金の秋の午後だけは、しばし娘の部屋に腰をおろし、娘が大好きだった古いお人形を抱いて、涙と思い出に身をまかせよう。

 

フィリス・ボルケンズ

『こころのチキンスープ10』ダイヤモンド社

Sasin TipchaiによるPixabayからの画像