「ベンのプレゼント」(読了時間:約8分)
人を裁くのをやめ、許すことができれば、心は安らぐ。
ジェラルド・ヤンポルスキー
私のいとこの家に毎朝牛乳を配達してくれるベンが、その日は何だか変だった。いつもの陽気さはどこへやら、このやせぎすの中年男はおしゃべりなどする気分ではなかった。
私にとって、ベンが玄関に牛乳ビンを届けてくれるのがうれしかった。家捜しのため、夫、子どもたちと居候していたこの家で、ベンと陽気で軽妙なやりとりをするのが私には楽しみになっていた。
でも、きょうの彼は陰気に黙りこくったまま、カゴから牛乳ビンを出して下に置く。私は、気を配りながらわけをたずね、彼からおおよその事情を聞き出した。
彼がきまり悪そうに打ち明けてくれたところによると、お得意さんが二人、たまった牛乳代を払わずに引っ越して行ってしまった。そのため、彼がそのツケを埋め合わせる羽目になったのだ。
一人の方はたった10ドルだが、もう片方は79ドルもあり、引っ越し先の住所も残していかなかった。ベンは、こんなに金額が大きくなるまでほっておいた自分の愚かさにしょげかえっている。
「この奥さんがまた美人でねえ」と彼は言った。
「子どもは6人いたが、もう1人おなかにいてね。『うちの人にアルバイトが見つかったら、きっと払います』って、顔を見るたびに言うもんだから、信用したんだなあ。」
「ああ、おれはなんてバカだ!人のためにいいことをしてると思っていたのに、痛い目にあったよ。だまされちまった!」
私は、「お気の毒に」と言うのが精いっぱいだった。
つぎに彼に会うと、彼の怒りはさらにつのっており、金も払わずに牛乳を飲んでいた子どもたちに対して何やかやと悪口を言った。かわいい一家は、すっかりワルガキの一族に変わってしまっていた。
私はなりゆきを見守ることにした。だが、このままでは、ベンは暗い人間になってしまうかもしれない。何か私にできることはないだろうか?
ふと、クリスマスが近いことに気がつき、おばあちゃんが口癖のように言っていた言葉を思い出した。
「誰かに物を盗まれたら、それをその人にあげてしまいなさい。そうすれば、もう盗まれることはないよ」
つぎにベンが牛乳を配達してくれたとき、私は79ドルの件でうっぷんを晴らす手があると言った。「そんな手があるわけないでしょ。でも、とにかく教えてください」
「牛乳はその女性にあげたと思いなさい。子どもたちへのクリスマスプレゼントだったと思って」
「冗談じゃない」と彼。「そんなに高いプレゼントなんて、うちの女房にだってやったことはないよ。あの女が、おれをこのゴタゴタに引っぱりこんだんじゃないか。あなたも79ドルとられてごらんなさいよ」
私はそこで口をつぐんだが、ベンならきっとわかってくれると信じていた。彼が配達に来るたび、二人はそのことで軽口を叩きあった。「もう彼女に牛乳をあげた?」と私が聞く。
「いや」と彼は切り返す。「でも、またどっかの美人のお母さんにカモられるまえに、うちの女房に79ドルのプレゼントをしてやろうかと思ってるよ」
私がこの質問をするたびに、彼は口調も軽やかになっていった。
やがて、クリスマスの六日まえに、あることが起こった。彼が満面の笑みを浮かべ、目をキラキラと輝かせてやってきた。
「やったよ!牛乳をあの人にクリスマスプレゼントしちゃった。いやあ、正直きつかったけど、たいしたことじゃない。牛乳そのものは、とっくにくれてやっちやってるんだし。そうでしょ?」
「そうよ」と私は彼といっしょに喜びながら、
「でも、本気でそう思って贈らなきゃだめだわ」
「わかってますって。本気ですよ。ああ、いい気分だ。だから、クリスマスってのはめでたいんだよね。あの家の子どもたちは、おれのおかげでたっぷり牛乳が飲めたじゃないですか」
クリスマス休暇がきて、やがて終わった。二週間後、よく晴れ上がった1月のある朝、ベンが玄関前の道を小走りにかけてきた。「いやあ、聞いてくださいよ」と言って、にこにこしている。
彼の話では、いつもとは別の配達ルートを回っていると、誰かに名前を呼ばれた。振り返ると、一人の女性が手にした紙幣を振りながら走ってくる。あの子だくさんの美人の母親だった。腕には、生後間もない赤ん坊を抱いている。
「ベン!ちょっと待って!」彼女は大声で言った。「あなたにお金を渡さなきゃ」
ベンはトラックをとめて、外に出た。「ごめんなさいね」と彼女は言った。「支払いをしなきゃって、ずっと気にかかっていたんだけど」
話を聞くと、彼女の夫がある晩帰宅して言った。「おい、安いアパートを見つけたぞ。それに夜の仕事も見つかったんだ!」それで急に引っ越すことになり、そのどさくさのせいでベンに転出先のメモを残すのを忘れたのだと言う。
「でも、ちゃんと貯めておいたの。ほら、まず手始めに二十ドル」
「いいんだよ」とベンは言った。「もう払ってあるんだ」
「払ってある!」と彼女はびっくりした。
「どういうこと?誰が払ったの?」
「おれだよ」
彼女は、彼がまるで神様の使いであるかのように彼を見、やがて泣き出した。
「それで?」ベンが話し終えるのを待って、私はたずねた。「あなたはそれでどうしたの?」
「どうしたらいいかわからなくてさ。泣いてる彼女の肩に手をまわしたけど、いつのまにかおれまで涙が出てきて。なんで泣いてるのかわかんなかったけど、泣いていた」
「それから、あの子どもたちが、コーンフレークにおれの牛乳をかけて食べている様子が目に浮かんできてね。おれ、奥さんの言うとおり、牛乳をあげたことにして本当によかった」
「それじゃ、その二十ドルは受け取らなかったの?」
「もちろんさ」彼は憤然と言った。「あの牛乳は、おれから彼女へのクリスマスプレゼント。でしょう?」
シャーリー・バチェルダー
「こころのチキンスープ7」ダイヤモンド社
(子供用に一部改変)