「ニンニク療法」(読了時間:約6分)
ぼくが母のことを思い出すとき、まっ先に目に浮かぶのは、台所でいろんな材料を混ぜ合わせながら何やら強力な薬を作っていた姿だ。
母は読み書きはできなかったけれど、その頭の中には、昔から伝わる庶民の知恵がぎっしり詰まっていた。
母には、死の国からの使者が、ぼくら子どもたちを病気にしてさらっていこうと狙っているのが見えるのだ。
母は絶えずこの悪霊と戦っていた。しかしいくら死の国からの使者といえども、母とその秘薬に勝てるはずはなかった。
たったひとつ困ったことは、母が作る薬はどれもみなニンニクのにおいがぷんぷんしたことだ。
「ほら、これでうがいして。それから、飲み込むんだよ」
「でも、母さん」とぼくは叫んだ。「これ、ニンニクの混ぜものじゃないか。息が臭くなっちゃうよ」
「だから何だってんだい? お前、喉が痛いんだろ? ゴロゴロってやってごらん! 死の国からの使者だってこのにおいには逃げ出すさ」
たしかに、翌日には喉の痛みは消えていた。いつもこうだった。熱には、つぶしたニンニクの湿布。鼻水と歯痛には、ニンニクとクローブと胡椒の温湿布。
その手作りの薬を使うたび、母は悪霊の目をあざむくためのおまじないを唱えた。この不思議な呪文を聞きながら、ぼくらはその言葉の意味をあれこれ想像したものだ。
あるとき、小児麻痺が流行って、母がその宿敵、死の国からの使者と真っ正面から対決したことがあって、このときばかりは、さすがのぼくも母の新しい秘密兵器のにおいに耐えられなかった。
ぼくらきょうだいは、ニンニクと樟脳に得体の知れない何かを詰め込んだ麻袋を三つ、紐で結んで首からぶら下げさせられたのだ。そして、ぼくらは誰もその恐ろしい病気にかからずにすんだ。
たったの一度だけ、母の秘密兵器が通用しなかったことがある。弟のハリーがジフテリアにかかったときだ。このときは、ニンニク療法も効き目がなかった。
そこで母は、急きょ戦術を変えなくてはならなかった。ハリーは苦しそうにあえいでいた。
母はいきなり「みんなで声を合わせてデビッドの命乞いをしよう」と言い出した。
「デビッドって誰のこと、母さん?」とぼくらは尋ねた。「もちろん、ベッドに寝てるデビッドだよ」
「違うよ、母さん。それはハリーじゃないか」
ぼくらは、母がついに頭がおかしくなってしまったのかと思った。母は、ぼくらをひっつかんで声を張り上げた。「これはデビッドなんだ。いいね?」
それから、声を落として説明した。
「いいかい、死の国からの使者をだますんだよ。もしここにいるのがデビッドだってわかれば、うちのハリーのことはほっといてくれるだろう。あたしが合図したら、大声で言うんだよ」
ぼくらは、母が死の国からの使者に話しかけるのを息をひそめて聞いた。
「死の国からの使者、よく聞くんだ。お前さんは勘違いしてるよ。ベッドに寝てるのは、デビッドだ。ハリーはこの家にはいないよ。さっさと行っちまえ!デビッドから離れるんだ!お前さんは勘違いしてるのさ!」
それから、母はぼくらに合図した。
ぼくらは口々に叫び始めた。「そうだ、そうだ、そのとおりだ!ハリーなんてきょうだいはいない!これはデビッドだぞ、死の国からの使者!」
ぼくらはみんなできょうだいの命乞いをし、母は昔覚えたあらゆる外国語をチャンポンにしておまじないを唱えた。繰り返し、繰り返し。
一晩中怯えながら、ぼくたちは死の国からの使者に、ここにいるのは違う子どもだと訴え続けた。そしてハリーは生き抜いた。
それから、ぼくらはみな成長して、あの共同住宅を出て、教育を受けた。母も、いつのまにか薬作りをしなくなっていた。
歳月が流れ、ぼくは四七歳になって、心臓の発作を起こして病院にかつぎこまれた。
母が最初の見舞いを終えて病室を出て行ったときの、看護婦のほっとした顔ったらなかった!
「何てにおいなの!ニンニク?」と看護婦は訊いたが、むろんぼくには何もにおわなかった。
ところが、枕の下に手を入れてみると、あった、あった。そりゃあ、におうはずだ。
そこには、ニンニクと樟脳とほかの何かの混ざった麻袋が三つ、紐につながれて置かれていたのだった。
マイク・リップストック
『こころのチキンスープ10』ダイヤモンド社
(子供用に一部改変)
Steve BuissinneによるPixabayからの画像