「バレンタインデー物語」(読了時間:約7分)
ある町に住むパパとママは、どこにでもいるようなごくありふれた夫婦だった。
ごくありふれた普通の家に住み、家計をやりくりし、子どもたちを一生懸命育てていた。
そして、しょっちゅう、お互いに相手のせいでうまくいかないと口げんかしていた。
ところがある日のこと、信じられないような事件が起きた。パパがこう言いだしたのだ。
「ねえ、ママ。うちには魔法の引き出しがあるのを知ってたかい? いつ開けてもきれいになった靴下と下着が、ちゃんと並んでいるんだよ。すごいだろう! これもみんな君のおかげだ。何年ものあいだありがとう」
ママは、けげんそうにパパの顔を見るとこう言った。「パパ、また何か欲しいんでしょう? 」「いいや。ただ魔法の引き出しが本当にありがたいって、言いたいだけさ」と、パパは答えた。
パパが変なことを言うのはこれが初めてではないので、ママは、気にもせず聞き流した。ところがそれから二、三日たったある日のこと、パパがまたこんなことを言った。
「ママ、今月の小切手番号は、ほとんど間違いがなかったね。十六のうち十五も、きちんと合っていたよ。新記録だね」
ママは、自分の耳がおかしいのではないかと思った。「パパ、どうしたの? あなたは私が小切手の番号を間違って書いてばかりいるって、いつも文句を言ってたじゃない? なぜ急に言わなくなったの? 」
「理由なんてないよ。一生懸命やってくれているから、感謝してるよって言っているだけさ」
パパの返事にママは首をかしげた。「いったい、何があったのかしら?」
翌日、ママはいつもは確認しないのに、小切手番号が正しく記録したかどうかを確認した。「どうしてこんなくだらない番号が気になってきたのかしら?」とつぶやいた。
ママは気にかけまいとしたが、パパの奇妙な言動はさらに続いた。ある夜のこと、またパパが言った。
「ママ、夕食とってもおいしかったよ。いつも大変だね。考えてみると、結婚して十五年になるから、家族のためになんと一万四千回も食事を作ってくれたことになるね。ありがとう」
パパはさらに続けた。「それに家の中も、いつもきちんとしている。ずいぶん大変だろうね」
パパの言葉はまだ終わらなかった。「君がいてくれて本当に嬉しいよ」
こうまで言われると、ママは心配になってきた。「いったいこの人はどうしたんだろう? 例のいやみはどこに行ってしまったんだろう」と首をかしげた。
十六歳になる娘までもが、ある日言った。「ママ、パパが何だか変よ。私のことを『きれいだね』って言うんだもの。私の服もお化粧も、パパが気に入るわけないのにね。パパ、どこか悪いの? 」
これを聞いて、パパはやっぱり変だと確信した。
来る日も来る日も、パパはすべてに明るく前向きだった。こうして何週間かが過ぎると、ママは夫の奇妙な行動に慣れてきて、時折しぶしぶだが、「ありがとう」と言うようにさえなった。
ところが、ある日、夫はいよいよ考えられないようなおかしなことを言い出した。今度はさすがの彼女もわけがわからなくなってしまった。
「一休みしたらどうだい? 僕が食器を洗うから、フライパンをそこに置いてキッチンから出てくれるかい? 」と言うのだ。
ママはとっさに返事ができず、「ありがとう、パパ。ありがとう」と言うのがやっとだった。
それ以来、ママは、足どりも軽くなり、歌を口ずさむことさえあった。自信を取り戻し始め、以前のように不機嫌でいることもあまりなくなった。「こんなパパも悪くはないわね」
そう考えるようになった。ところがこのストーリーはまだこれでおしまいではなかった。今度は、ママがパパにこう言ったのだ。
「私たちのために、あなたは何年ものあいだせっせと働いてくれていたのね。それなのに今まで何も言ったことはなかったわ。パパ、ありがとう! 」
パパがどうして変わったのかは今でもわからない。ママは何とかその理由を聞きだそうとしたが、パパは話してくれなかった。でも、たとえそれが謎のままで終わるのだとしても、こんな謎なら大歓迎だ。
読者の皆さんには、おわかりですね? そう、私がママなのです。
ジョアン・ラーソン
『こころのチキンスープ』ダイヤモンド社
(子供用に一部改変)
画像はBianca MentilによるPixabayから