「夜空を仰いで」(親用読み物)読了時間:約8分
大試合だった。屋根なしのスタンドは親や子どもで満員だ。野球場を照明が強烈に照らし、本物の大リーグのような雰囲気をかもし出していた。
ダグアウトの少年たちは、緊張し、興奮している。五回裏、うちのチームがリードしているものの、点差はわずか一点。息子のアンディはライトを守っていた。
息子は照明が届くぎりぎりのところにおり、その背後は闇で、遠い山々の黒い影が星空にそびえている。よく晴れた肌寒い夜。
アンディのリトルリーグのチームは、この一年ずっと苦闘を続け、最終ランキングで勝率は五割を下回っているが、このチャンピオンシップゲームで勝ち残り、上位二チームに衝撃を与えた。野球場のムードはぴりぴりと張り詰めていた。
あとワンアウトでこの回が終了する。次のバッターは左打ちのスラッガーだ。いつもロングヒットを飛ばす、図体のでかいやつで、歩くときはホームランを打ったみたいにふんぞり返る。
そいつが、いまにも襲いかからんとする危険なガラガラヘビのように、ホームプレートのところでバットを構えた。
はらはらしながらアンディのほうを見る。あいつは外野の守備があまりうまくないのだ。私は唖然とした――アンディはぽかんと夜空を見上げているではないか!
試合のほうにぜんぜん注意を払っていないのは明らかだった。このスラッガーがアンディのほうにボールを打ち放ち、息子がそれに気づきもしないかと思うとぞっとした。
相手チームにまとめて点を入れられ、点差が大きく開いてしまうだろう。
「いったいあそこで何やってんだ?」私は妻のメアリーにささやいた。
「なんのこと?」妻が答える。
「あれだよ。アンディを見ろ――すっかり上の空で試合がお留守だ。この打者、もろにアンディのほうに飛ばすぞ!」私はぶつぶつと言った。
「そう熱くならないでよ。あの子はちゃんとやるわよ。ただのゲームなんだし」
「頼むよ、アンディ。目を覚ましてくれ」。私はメアリーにというより、自分自身に言った。
見ていられなかった。体ががちがちに緊張した。ピッチャーが投げる。ストライクゾーンど真ん中のスローな誘い球だ。
私は横目でアンディを見た。まだぼけっと天を仰いでいる。たぶん息子は祈っているのだ、そう私は思った。そのとき快打音が聞こえた。
「うわ、しまった」私は早くも気をもんでいた―――アンディはひどくばつの悪い思いをすることになるだろう。あの子は失敗をするとやたら落ちこむし、チームメイトにどう思われるかを気にするからだ。
だが、私自身もばつの悪い思いをしそうで、気がもめた。私には、父親として、あまり押しが強くなくてやさしく励ますタイプだという自負がある。
息子と一対一でゲームをしたり、フライを捕る練習をしたりしていた。それを楽しんでやれるようにといつも気を配り、かつアンディの腕が上がるくらいにはがんばらせた。
それに私はふだんからこう言っている。「その一瞬に最善を尽くせ」と。
だから、もしアンディが懸命にボールを追ったなら、捕りそこねたとしても――グローブを精いっぱい差し出して芝生をえぐったとか、ボールがはるか後方に飛んで、フェンスを越えたとか――それはかまわない。
だが、本人がどこかべつの次元にすっ飛んでいたせいで捕りそこねたとしたら――それは恥ずかしいことなのだ。とんでもないまぬけだ。がむしゃらなプレーじゃない。みんなをがっかりさせちまう。
私は、そんなマッチョなスポーツ魂が、消化不良でも起こしたかのように、自分の中でぐるぐる回っているのを感じていた。
「よし!」私は叫んだ。強打者はゴロに倒れて一塁でアウトになった。私たち(私とアンディのことである)は助かった。まだこっちのチームが一点リードしている。最後のイニングのために、ここはアンディに活を入れてやらねば。
私と妻はホームプレート近くのフェンス裏に座っていた。外野から選手たちが戻ってくると、アンディは息せき切ってこちらに走ってきた。
私が「いったいおまえは何やってたんだ」的演説をぶとうとしたとき、アンディが叫んだ。
「あの流れ星、見た?きれいだったよお。ものすごかったんだ。長い尾を引いてさ、山にぶつかるかと思ったよ。でも、誰かが中でスイッチを消したみたいに、ぱっと消えちゃった。どこから飛んできたのかなあ。もう怖いくらいだったよ。パパたちも見てたらよかったのに!」
アンディの目は熱を帯びて輝いていた。
考えてみれば、私たちは野球の練習もしたが、同じくらいの時間を流れ星を探して過ごしたりもしたのだ。私は一瞬おいて言った。
「パパも見たかったよ。さあ、あと一イニングだ。いいか、このまま抑えろよ。ホームランをかっとばせ!」
「わかった!」アンディは言い、チームメイトのところへ走って戻って行った。
メアリーが私を見てにっこりする。考えていることは同じだった。
うちの息子が、わざわざ時間を割いてこの世の神秘と美しさを味わうなんてすてきなことだし、あの子にとってはそれが大切なのだ。
アンディには、団体競技の息詰まるぶつかり合いとか、仲間意識の圧力とか、何がなんでも、の根性を、体験する時間はたっぷりある。
あいつはまだ子どもなのだ――ありがたいことに。私は、一時的とはいえそういうものにとらわれていた自分が、少々口惜しかった。
私たちは成長するにつれ、美しさや神秘を探そうとする時間がどんどん減っていくような気がする。
おとなになると、そんな時間は「やるべきこと」を書いたリストのはるか下のほうに追いやられてしまうのだ。
目の前で進んでいくあれやこれやに追いつくことだけに時間とエネルギーの大半を費やし、悲しいかな、流れ星を見る余裕はあまりない。
そこで私はときたま時間をとって、あたりを見まわす。たとえ、どんなに大事なことを考えている真っ最中でも。
思いもよらなかった美しいものが――街に、空に、ときには会社の会議室にさえ見つかれば、あなたも驚くかもしれない。それで自分の一日が、どれほど素晴らしくなることだろう。
アンディは最終イニングに三塁打を打った。
でも、やはり、私もあの流れ星を見たかったと思う。
『こころのチキンスープ16』ダイヤモンド社