「一足の靴下」(読了時間:約4分)
ぼくは商店を経営するかたわら、気分転換を図り視野を広げるために、恵まれない人々のための無料給食センターでボランティアをしています。
ある日、当番でセンターに詰めていると、一人のおばあさんがやってくるのが目に入りました。ぼくは急いで迎えに行きました。
おばあさんは古ぼけた花柄のワンピースの上に、色あせた黄色のセーターを着て、くたびれた黒い靴をはいていました。
ところが、冷えこみの厳しい夜だというのに、靴下をはいていません。
靴下はどうしたのかと聞くと、もっていないと言います。改めてよくよく見ると、いろいろ不自由している模様です。
しかし今、この場でぼくが与えられる物は暖かい靴下だけでした。
そこは駐車場でしたが、ぼくはすぐさま、おろしたての白い靴下を脱いで、おばあさんにはかせてあげました。
とりたてて言うほどのことでもない、ほんのささやかな善意に過ぎなかったのですが、ぼくが一生忘れられない程おばあさんは喜んでくれました。
そして、まるで孫でも見るようにニコニコしてぼくを見ながら言ったのです。
「ありがとう。ほんとにありがとうよ。寝るとき足が暖かだったら、どんなにいいかと思ってたんだよ。靴下をはいて寝るなんて、何年ぶりだろう」。
その夜、ぼくはまんざらでもない気分で家路につきました。
次の日の晩、またセンターで働いていると、おまわりさんが二人やってきました。ある人物について問い合わせに来たのです。
その人は死んでいるのを近所の人に発見されたのだそうです。差し出された写真を見ると、なんとあのおばあさんではありませんか。
聞けば、おばあさんは身寄りも友だちもなく、暖房すらない掘っ立て小屋で独り暮らしをしていたといいます。たまたまやって来た近所の人が、死んでいるのを見つけたのです。
おまわりさんにコーヒーをついであげながら、ぼくは「いたましい話ですね」と言いました。すると、おまわりさんは顔を上げて言ったのです。
「検死官が遺体を引き取りに行くとき同行したんだがね。それが、どうも妙なんだ。おばあさんは、間違いなく満足そうな顔をしていたんだ。
満ち足りた安らかな死に顔だった。自分も死ぬときはあんなふうでありたいね」
その夜、帰るみちみち車を飛ばしながら、おばあさんのことを考えました。
苦労の絶えない一生で、苦しみや孤独にじっと耐えながら生きてきたに違いありません。そのうち、ふと、靴下をはかせてあげたときの言葉が耳に蘇りました。
「寝るとき足が暖かだったら、どんなにいいかと思ってたんだよ」
ぼくがおばあさんにあげたものは、物質的にはほんのささやかなものです。
しかし精神的には、最後の夜に少しばかりの慰めを与えることができたのではないかと願っています。
トゥレバー・ノック
「こころのチキンスープ5」ダイヤモンド社