「秘密のハーブ」(読了時間:約5分)
キッチンを通るたび、ベンには気になってしかたないものがあった。妻のマーサが調味料棚に置いている小さな金属製の容器である。
この調味料入れは、とても年季が入っているということ以外何の特徴もなかった。長年使い込まれたため、赤や金色の花模様がところどころ消えかかっている。
マーサの母親も、祖母も、それにおそらく曾祖母さえ、この調味料入れに入った「秘密のハーブ」を使ってきたのだ。
マーサの母は、自分がしてきたのと同じように大事に使うようにとマーサに言っていた。マーサは、その言葉を忠実に守った。
ベンの知る限り、どんな料理を作るときも、彼女はその「秘密のハーブ」を調味料棚から取りだして、材料にふりかけた。ケーキやパイやクッキーを焼くときでさえ、オーブンに入れる前に、さっとひとふりするのだ。
調味料入れの中身が何であれ、その効き目は確かなものだった。ベンはマーサを世界一のコックと認めていたし、この家の食事をご馳走になった誰もがマーサの料理に感嘆の声をあげたからである。
「秘密のハーブ」とはいったい何でできているのか?
いずれにしても、マーサはそれをどうにか三十年以上使い続け、いつもおいしい料理を作ってきたのである。一方、その中身をのぞいてみたい、というベンの思いは日増しに強くなってきた。一度でいいからちょっとだけ.........。
そんなある日、マーサの具合が悪くなり、一日だけ入院することになった。ベンが病院から戻ると、家の中はがらんとしていた。マーサが外泊するのは、結婚以来初めてのことである。
夕食の時間が近づいてきたが、ベンはどうしたらいいかわからなかった。料理好きな妻のおかげで、食事の支度など一度もしたことがなかったから。
冷蔵庫に何があるか確かめようとキッチンに入ると、調味料棚に並んだ例の容器が目に飛び込んできた。あわてて目をそらすものの、また、視線が戻ってしまう。好奇心がうずいた。
中にはどんなものが入っているのだろう? 「秘密のハーブ」の正体とは? あとどれくらい残っているのだろう? どうしてさわってはいけないのか?
自分が中身を見たからといって、何がどうなるというのだろう? マーサは、なぜあれほど秘密にするのか? ベンはケーキをもうひと口ほおばりながら、自分の心に問いかけた。
見るべきか、見るべきでないか?残りの五口を食べる間も、彼は調味料入れをにらみつつ考え続けた。そしてついに、こらえきれなくなった。
彼はそろそろとキッチンを横切り、調味料棚まで行くと例の容器を手に取った。まかりまちがっても中身をこぼすようなことがないよう、おそるおそる.........。
ベンは容器をカウンターに置き、注意深くそのふたを取った。そして、大きく目を見開いた。なんと中は空っぽで、ただ小さく折り畳んだ紙切れが底に張りついていただけだった!
彼はその紙切れをゆっくりと広げた。短い走り書きは、ひと目でマーサの母親の筆跡とわかった。それにはこう書かれていた。
「マーサ、あなたが作るすべてのお料理に愛をふりかけなさい。」
ベンは、こみあげてくるものをぐっと飲み込んだ。そして、その紙切れを容器に戻すと、静かに食べかけのケーキのところへ引き返した。彼にはいま、このケーキがなぜこんなにおいしいか、その理由がすっかり納得できたのである。
(子供用に一部要約)
ドット・エイブラハム寄稿『レミニス・マガジン』より
「こころのチキンスープ6」ダイヤモンド社