「テックスの目」(読了時間:約5分)
エリックは、やせ細った子犬を見て、だいたい生後五週間くらいではないかと見当をつけた。その小さな犬は昨夜、家の門の前に捨てられていたのだ。
「聞かれる前に言っておくけど」とエリックは妻のジェフリーに言った。「答えはぜったいノーだ!うちでは飼わないぞ。二匹目はいらない」
「この子を追い払うなんてできないわ」と、ジェフリーはすがるように言った。
「私、餌をやって、体をきれいにしてあげる。それから、もらい手をさがしましょう」
その子犬は二人のあいだに立って、ためらいがちに尻尾を振って、二人の顔を交互に眺めた。
その艶のない毛並からはあばら骨が透けて見えていたが、目は生き生きと輝いていることにエリックは気づいた。
ついに、彼は肩をすくめて言った。「君がどうしてもって言うなら、勝手にすればいい」
「それに」とエリックがつけ加えた。
「二、三日はテックスと同じ囲いに入れるのはよそう。テックスに病気でも移されたら困るから。それでなくても、テックスはいろいろ大変なんだ」
テックスは、6歳の気だてがよい牧畜犬だが、最近目が悪くなっていることに気づいたばかりだった。白内障だが手術をすればよくなるかもしれないと、かかりつけの獣医は言った。
だが、専門医に連れていくと、テックスはすでに視力を失っていることがわかった。たとえもっと早く病院に連れて行ったとしても、視力の低下を止めることも遅らせることも不可能だっただろうという。
そういえばこの二、三か月、テックスの様子は確かに変だった。門が開いているのに気かったり、フェンスの金網に鼻面をぶつけたり......。
夫妻がテックスの目のことで心を痛めているのをよそに、ハインツと名付けられた新しい子犬は丸々と太り、元気にはね回るようになった。
その濃茶と黒の毛皮は健康そのものにつやつやしてきた。しだいに、彼の体はみるみる大きくなり、テックスの小屋の横に新しい犬小屋を作った。
やがて、ハインツがテックスを押したり引っ張ったりしていたのには、ちゃんとした理由があったことがわかってきた。
ただじゃれついているだけに見える動作には、ひとつひとつ意味があった。ハインツは、テックスの「盲導犬」になっていたのである。
毎晩犬小屋に引き上げる時間になると、ハインツはテックスの鼻先をそっと口にくわえて彼を犬小屋に導いた。
朝は、彼を起きあがらせ、小屋の外へ出した。門のそばまで来ると、ハインツは肩を使ってテックスを先に通した。フェンスに沿って走り回るときは、テックスが金網に当たらないよう、ハインツがあいだに入った。
妻のジェフリーは語る。
「お天気のいい日に、テックスは車寄せのアスファルトの上で寝そべっているでしょう?車が入ってくると、ハインツがあの子を鼻で突ついて起こして、安全なところへ連れていくのよ」
「馬が走ってきたとき、ハインツがテックスを脇に押しているのも何回も見たわ。それに、最初はどうやって二匹が並んで牧場を思いきり走れるのかわからなかったけど、この前、わかったの」
「ハインツが声を出していたのよ。――あの子は、テックスがぴったりくっついてこられるように、低い声でずっと誘導していたのね」
エリックたちは畏敬の念を抱いた。ハインツは、誰からも教えられていないのに、どんな場面においても自分なりに工夫して相棒を守り導いていたのである。.
ハインツはテックスに、自分の目だけではなく、その心も分け与えていたのだ。
『こころのチキンスープ11』ダイヤモンド社
(子供用に一部改変)
cocoparisienneによるPixabayからの画像