「牛乳配達」(読了時間:約1分)
数年前卒業したK君は、母一人子一人で、毎朝牛乳配達をして母の家計を助けました。
K君の住む町には今も牛乳配達が続いています。
卒業式の日、挨拶にきたK君に「よく三年間続いたね、途中でやめたくなったんじゃないかな」と私が聞くと、K君の答えはこうでした。
「もう、こんな仕事はやめようか、とペダルを踏みながら僕は考えました。荷台で牛乳ビンがカチカチと鳴ります」
「町はまだ暗く、二月の冷たい風が横なぐりに吹きつけて、何度もハンドルを強く握りしめたものです」
「『まるでゴミ集めだ』。あきビンと引きかえに牛乳ビンを受け箱に入れながら僕はつぶやきました」
「あきビンの中にはタバコの吸いがら、マッチのもえかす、ひどい時にはタンやツバまで入っています」
「そんな家が続く中で、たった一軒だけ、いつもあきビンを洗ってくれる家がありました。Oさんの奥さんって、きれい好きな人だろうなと思っていました」
「その日も、いつもの通りOさんの受け箱の空きビンはきれいに洗ってありました。おや?、空きビンの上に白い封筒が置かれていました。中には、便箋一枚にこう書いてありました」
『夕べはとても寒く、牛乳ビンを洗う手がこごえそうでした。けさはきっと凍りつくような寒さでしょうね。お仕事はおつらいでしょう。でも、がんばって、お体だけは大切にして下さいね』
「この短い文章を何度読み返したことでしょう。やがて自転車にまたがった僕はよし、高校卒業までは牛乳配達をやめないぞ!と決心しました」
そしてK君は「あの手紙は僕の宝物です」とつけ加えました。
『児童生徒に聞かせたい名言1分話』 柴山一郎著 学陽書房