「こんな若者がいるんだ」(読了時間:約1分)
Sさんが日課の早朝散歩の帰り道、バス停前の電柱の陰に小柄な老婆がかがみこんで、激しくせきこんでいました。
ぜんそくの持病があるらしく、息もたえだえ、顔面蒼白です。
その時着いたバスから五人の勤め人が降りてきましたが、いずれも老婆をちらっと見ただけで「我関せず」の急ぎ足で通り抜けていきました。
勤め人と違って時間に拘束されないSさんは見ぬふりも出来ず、老婆のそばに歩み寄ろうとした時、
一瞬早くSさんを追い抜いた若者が、「おばあちゃん、どうしたの?」と老婆の肩に優しく手を置きました。
「ぜんそくが.........」どうやら発作のとまりかけた老婆がそれでも胸を押さえてあえぐように言いました。
若者は「家はどこですか?」と腕時計をちらと見ながら聞きました。「この上です」老婆は山手を指さしました。
若者は「よし、僕が送ってあげよう」と老婆に背を向けかがみこみました。
老婆は「会社に遅れますよ」と辞退しましたが若者は聞きません。
体格の大きい若者は老婆をちょこんと背負うと坂道を足早に登って行きました。
Sさんは、「私が通勤途上だったら若者と同じ行動がとれただろうか?」と考えこんでしまいました。
サラリーマンにとって遅刻はマイナスですが、若者はそれを無視したのです。
十分もたった頃、坂道を全力疾走で駆け降りてきた若者は、バス停の前でたたらを踏むと、噴き出る汗を拭きながら腕時計を見てバスの来る方向に眼を向けました。
Sさんは「早く来い、バスよ、どうか若者を遅刻させないでくれ」と心に念じて、若者がバスに乗り込むまで見届けたのでした。
Sさんは嬉しかったのです。「こんな若者がいるんだ」と。
『児童生徒に聞かせたい名言1分話』 柴山一郎著 学陽書房