「ブレーキテスト」(読了時間:約1分)
山陰地方では交通機関としてバスに頼ることが多く、それは特急バスで起こりました。
突然、前方座席で声がしました。
「なんとか峠の手前のH町で降ろしてもらえんかのう」とガイド嬢に声をかけたのは老人です。
困った表情のガイド嬢は言いました。
「お客さま、特急バスは決められた所にしかお止めできないことになっているんです」
「それ以外の所でお止めして、もしも降りられたお客さまに万一のことでもありますと大変なことになりますので、規則でお止めすることができないんです。申し訳ございません」
老人は座席から立ち上がってさらに頼みます。
「このバスが特急バスとは知らんでうっかり乗ってしもうたんじゃ。H町に皆が集まっとってのう」
「ワシがその責任者だもんで時間までに行かないと皆が困るんじゃ。止めてもらえんかのう」
老人は鉄棒につかまりながら震えだしました。
「峠を越えた所で降りたんじゃ、ワシのこの足では峠を越えられんし、H町の手前で降ろされたんじゃ時間が間に合わん。困ったのう、困ったのう」
乗り合わせた人達も他人事とは思えなくなり、まさに自分がこの難問の解答を迫られているかのように老人を見、ガイド嬢を見ていました。
そのガイド嬢は運転手と相談を始め、やがてガイド嬢がうなずくとゆっくりふり返り客席に向かって姿勢を正して言いました。
「お客さまに申し上げます。当バスはこれより峠にさしかかりますので念のためブレーキテストを行います。ブレーキテスト開始!」
特急バスは徐々に速度を落として停止しました。
「ドア開閉チェック開始!」
ドアが開き、老人が降り、一斉の拍手でした。
『児童生徒に聞かせたい名言1分話』 柴山一郎著 学陽書房