ちょっといい話「クリスマス休戦」(読了時間:約2分)
1914年・第一次世界大戦。冬の12月。
ドイツ軍とフランス軍・英軍が、100メートルぐらいで隔てあう塹壕(ざんごう)戦は、 砲撃の応酬で悲惨なものでした。
その最前線のドイツ軍の塹壕に、クリスマスの日、一人の男が慰問に訪れます。
彼の名は、ヴァルダー・キルヒホフ。
当時、世界で最もチケットをとる事が困難といわれる音楽祭に、4年連続出演するほどの高名なドイツのテノール歌手です。
ドイツ軍の塹壕から、キルヒホフの美しい歌声が、凄惨な戦場に響きわたった。
それは、100メートル先の敵国フランス軍の塹壕にまでとどいたのでした。
すると、フランス軍の中から
「この歌声は、パリのオペラ座で聞いた、ヴァルダー・キルヒホフのものだ」と叫ぶものがいた。
その歌声に聞き覚えがあることに気付いたフランス将校は、ドイツ軍の塹壕に向かって大きな拍手をおくった。
すろと、その拍手を聞いた、キルヒホフは、殺しあって憎むべき敵でありながら、自分の歌声に拍手を送ってくれた人がいることに感動する。
彼は、相手の気持ちに応えるために、思わずドイツ軍の塹壕から飛び出して、笑顔でゆっくりと敵に向かって歩き出した。
そして両軍の中間地帯(ノーマンズ・ランド)を横断し、拍手を送ってくれた、敵の将校に、 深々と優雅に挨拶をしたのでした。
その瞬間、戦場は、戦場でなくなってしまった。
この様子を見ていた両軍の兵士たちが、塹壕から出て来て敵兵と交流してしまったからである。
休戦というのは交戦国の上層部が取り決めるのが普通だが、現場の兵士から生じるのは稀なことであった。
人々は、後にこの日の出来事を、「クリスマス休戦」と呼んだ。
歌が、憎しみをこえた瞬間の出来事だった。
池田龍三氏「ちょっといい話」より