「ゴールをしっかり見つめて」(読了時間:約3分)
フローレンスには、濃くたちこめた霧しか見えなかった。身体はすっかり冷えて感覚を失っている。泳ぎ出してから、もう十六時間近く経っているのだった。
フローレンスはすでに、イギリス海峡を両岸から泳ぎ切った世界で最初の女性としての記録をもっていた。
三四歳になった今、彼女の目標は、アメリカのカタリナ海峡を泳いで渡る、世界で最初の女性になることだった。
1952年7月4日の朝、海は氷を入れた風呂のように冷たく、隣で走るボートさえ見えないほど濃い霧がかかっていた。
フローレンスは凍てつく海で必死に何時間も闘った。その様子は全国テレビ中継を通して、何百万人もの人々が見守っていた。
母親とトレーナーはボートに乗り込んで、フローレンスを励まし続けた。
だが、「対岸までもうすぐだ!」と言われても、濃い霧が行く手をさえぎり、彼女には一寸先も見えない。
ボートからは、繰り返し「あきらめるな!」という声がかけられる。
そのときまでフローレンスは、一度やり始めたことを途中であきらめたことはなかった。
しかし、あともう少しというところに来ていながら、ボートに引き上げられたのだった。
それから数時間後、記者会見に応じるフローレンスの身体はまだ冷えきっていた。
「言いわけするつもりはありませんが、対岸が見えてさえいたら、泳ぎきることができたかもしれません」
途中でくじけた理由は、疲労でも、あの凍てつくような海の冷たさでもなかった。それは、対岸というゴールが見えなかったということに他ならない。
それから、二か月がたちフローレンスは再び挑戦した。
今度も前回と同じく濃い霧が出ていたが、彼女は確固とした信念をもち、こころの中にはっきりとゴールを描いて泳いだ。あの霧の向こうには必ず陸があることを、かたく信じていたのだ。
そしてとうとう、今度はやり遂げた!
フローレンスはカタリナ海峡を泳いでわたった世界初の女性となったばかりでなく、男性がもつ記録をなんと二時間も縮めたのだった。
作者不明ミシェル・ボーバ寄稿
『こころのチキンスープ2』ダイヤモンド社
(子供用に一部改変)
PexelsによるPixabayからの画像