いい話を、子どもたちに!【いい話を集めたブログ】

いい話をたくさん子どたちに聞かせたいと思い、古今東西からいっぱい集めました。寝る前にスマホで読み聞かせできます。大人の気分転換にもどうぞ。

「サーカス」(読了時間:約5分)

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人の一生における最善のもの、それは誰の目にもふれない誰の記憶にも残らない愛と思いやりのこもったささやかな行為

ウィリアム・ワーズワース

 

私がまだ十代のころのことです。サーカスの入場券を買うために、父と私は長い列に並んで順番を待っていました。

 

ようやく、私たちの前にいるのはあと一家族だけとなりました。

 

私はその家族に強く心を引かれました。とても印象的だったのです。その家族には子どもが八人もいて、いちばん年上の子どもでも一二歳ぐらいにしか見えません。

 

あまり裕福そうではなく、着ている服も上等とはいえませんが、きれいに洗濯されています。そして、行儀良く手をつないで、両親の後ろにきちんと二列に並んでいました。

 

期待に胸をはずませた子どもたちは、ピエロのこと、象のこと、そして今から見るいろいろな演技のことを嬉しそうに話していました。

 

どうやら、サーカスを見るのはこれが初めてのようです。子どもたちにとって、今日のサーカスは生涯残る素晴らしい思い出となることでしょう。

 

子どもたちの前には、両親がとても誇らし気に立っていました。

 

夫の手をしっかりと握った妻は「あなたは私の騎士よ」と言いたげに、見上げています。

 

夫も暖かいほほ笑みを浮かべて「ああ、もちろんさ」と言わんばかりに、妻を見つめ返していました。

 

売り場の女性が、入場券の枚数をたずねました。父親は、胸を張って答えます。「子ども八枚と大人二枚ください。これで家族にサーカスを見せてやれますよ」

 

入場券の合計金額が告げられました。

 

すると、妻は夫の手を離し、黙ってうつ向いてしまいました。夫のくちびるも震えています。売り場の窓口に身を乗り出し、彼はまた聞き返しました。「いくらですって?」

 

売り場の女性は、もう一度答えました。その父親には、それだけのお金がなかったのです。

 

サーカスを見るにはお金が足りないということを、後ろにいる八人の子どもたちに、どうやって告げようというのでしょう。

 

ことのなりゆきを見ていた私の父は、ズボンのポケットに手を入れました。そして20ドル札を取り出し、何気なく落としました。

 

父は腰をかがめてそのお札を拾い上げ、その男の肩を軽くたたきました。

 

「失礼ですが、ポケットからこれが落ちましたよ」

 

その男は、私の父が何をしようとしているのかすぐに察しました。

 

彼は人からほどこしを受けるような人ではありませんでした。でも、そのときは恥ずかしさと落胆から、途方にくれていたのでしょう。その助けを心から感謝して受けとったのです。

 

20ドル札を差し出す父の手を両手でかたく握りしめ、その目をじっと見つめました。くちびるは震え、ほおには涙が伝わり落ちています。

 

「ありがとう、ありがとうございます。これで助かります」

 

父と私は車に戻ると、そのまま家に帰りました。その晩、私たちはサーカスを見ることはできませんでした。でも、それでよかったのです。

 

ダン・クラーク

『こころのチキンスープ2』ダイヤモンド社

(子供用に一部改変)